Side C.C.
AnotherStory ルルーシュ
こんなにも異様な気配を感じたのは、この部屋に来てから初めての経験だ。折角ピザを食べていたのに、気分を害した。
それはまるで獣が発するような純粋な殺気。それを感じた瞬間から、鳥の声はぴたりと止んだ。どうやら相手は私に用があるらしい。気分は乗らないが、ピザを食べる邪魔をしたんだ。それなりにいたぶって苛めてやらんでもない。
私は気だるげな足取りで、外へ出た。
クラブハウスの外装は白い。その白の中に、ぽつんと浮いたような黒い塊があった。
「ふん、おかしな気配がすると思って来てみれば、ただの人間じゃないか」
馬鹿みたいな話だ。異様な殺気を感じたと思えば、そこにいたのはただの人間。とんだ無駄足だったというわけだ。
黒い髪に黒い瞳、アッシュフォード学園の黒い男子制服のせいもあって黒一色。この顔立ちはイレブンか? 無表情で気味の悪い奴だ。
「お前、授業はどうした」
ほんの気まぐれだった。普段ならギアスも使えない一般人に私が声をかけることなどない。ルルーシュも煩いしな。
まあこいつは私のピザを食べる至福の時間を邪魔したんだ。少しくらい付き合わせても罰は当たらんだろう。
「受ける必要などない」
「ほう、随分な自信家だな」
男という生き物は今も昔も変わらんな。この無駄なまでの自信は一体どこから出てくるんだ。
……なんだマリアンヌ。……馬鹿なことを、何だ浮気とは。いつ私がルルーシュと恋仲になった。煩いぞ。
……はぁ。興がそれた。大体にして一般人を相手に話をすることが間違いだった。さっさと部屋に戻ってピザの食べ直しだ。
私は踵を返して部屋に戻ろうとした。瞬間。
「血の匂い、するなぁ……」
後ろで、声がした。
それはそこにいる一般人の声。だけどどこか楽しそうな、不気味な声色だった。私は思わず振り返った。
鼻をすんすんと犬のように動かして、あたりに散らばっているであろう私の周りの濃い血の臭いを嗅いでいる。
自慢じゃないが、私には体臭という体臭が無い。あるとすれば、もう消すことの出来ない濃い血臭だけ。これだけはどうあがいても消すことが出来ない。殺されて、殺されて、ある時は人を庇って死んで。数を数えるのも馬鹿らしいくらいに死んで、こびりついてしまった血の臭い。
だが、この血の臭いだって、普通なら気付かない、犬の様な嗅覚を持っていなければ分からないほどの微量なもの。それをこの男は、人間の身で気付いたのだ。
「……お前は何だ、私の何を知っている」
「…………」
男は答えない。変わりに人形めいた気味の悪い笑みを浮かべた。
「答えろ、お前は何者で、私の何を知っている」
もし私の目的に害をなす存在なら、死んででもこいつは殺す。
こんな笑み、普通の人間にできるような表情じゃない。醜悪で、機械のような、作った笑み。これは危険だ。
あの殺気、やはりこの男からだったか。
さて、どう出る。
私は男の答えを待った。そして思いもしないような答えが返ってきた。
「死は、心地いいか?」
「!?」
まるで、全て知っているとでも言うような。この男の言葉は、私が死ねぬ体であることを理解した言葉だった。同時に、私と同じく死を最も理解した言葉だった。
「……なるほど、私が魔女だと理解しているのか……」
「………」
男は言葉を返してこなかった。変わりに冷たい視線を私に浴びせるだけだ。
私も落ちぶれたものだ。こんな異物をただの人間だと? 馬鹿らしい。こんな人間がいるわけがない。
血の臭いがする存在は、私だけではない。この男もだった。こんな、普通の嗅覚の私ですらかすかに感じる、甘いと錯覚するほどの血の臭い。嗅ぎなれた蜜の臭い。この男の臭いは、私よりも濃くて狂う。
私と同じく死を理解し、同時に死を見てきたこの男は、恐らく人間ではない。私と似た存在、しかし最も似ていない存在。敵になればこれほどまでに恐ろしい存在はいないだろう。死を理解した者は何かを超越しているのだ。
ならば敵になる前に味方に引き入れてしまえば。味方にならずとも、小さな友好関係を築ければ、私の目的はもっと早く達成されるかもしれない。ああ、もしかして、こいつ……。
瞬間、私は即座に行動に出た。
「お前、黒の騎士団に入れ」
■□■□
「ルルーシュ、お前は黒髪黒目のイレブンを知っているか?」
「……いきなり何の話だ」
いつものことだが、この女は突拍子も無いことを言い出すことがある。
人のベッドの上でくつろいでいるかと思えば、急に顔を上げてこの質問だ。俺は意味が分からず首を傾げた。
「その歳で耄碌したか? 黒髪黒目のイレブンを知っているかと言ったんだ。答えろルルーシュ」
「………」
何故俺がこんな上目線の質問に答えなくてはならないんだ。無性に腹立たしいし、かと言って答えず馬鹿にされ続けるのも癪だ。
しかし、黒髪黒目のイレブンか。今日編入してきた奴が黒髪黒目でイレブンだが、それがなんだというのだろうか。
「はぁ……今日編入してきた奴がいた。そいつがお前の言う黒髪黒目のイレブンと該当するが、それがどうした」
答えると、C.C.は滅多に浮かべない笑みを見せて口火を切った。
「そいつを黒の騎士団に入れろ。というか誘って断られた、何とかしろ」
「なっ、馬鹿かお前は! あれほど人前に出るなと、それに素性も分からない奴を黒の騎士団に誘っただと!?」
「怒鳴らなくとも聞こえている。少しは落ち着け」
「落ち着いていられる訳が無いだろう! お前は俺の計画を潰す気か!」
「だから落ち着けと言っている。私が何でもない奴に声をかけるとでも思っているのか」
「……くっ、しかし」
「まあ、私の話を聞け。怒鳴るのはそれからでも遅くは無いはずだ」
何を悠長な。今黒の騎士団のことが明るみに出れば潰されかねない。ようやく戦争の舞台として成り立ち始めていたというのに、それをこいつは積み木のようにあっけなく打ち崩すつもりか。
ナナリーの幸せの為に。ナナリーが笑える世界を。俺はそれだけの為に戦っているというのに。こいつは、面白いからという理由と暇つぶしで世界を一つ壊すつもりだ。
こいつと手を切るべきか? しかしギアスの力は強大で、分からないことも多い。今C.C.を手放せばブリタニアに拘束されて俺の居場所、つまりゼロの居場所がばれる可能性だってある。どうする。
脳をフル回転させる。出来うる限りの選択肢を模作し、最善の方法を取ろうと頭を働かせた。そんな必死さも、このC.C.の前では無意味なようで、人の気も知らずにつらつらと昔話を聞かせるかのように話始めた。
「お前は壁を歩けるか?」
「馬鹿馬鹿しい、そんな事できるわけ無いだろうがっ」
「だな。普通はそうだ。だが、私は黒髪黒目のイレブンが壁を歩くのを見た」
「……何?」
「だから、壁を歩いていたんだ」
それは、目を疑うような光景だった。
「お断りだ」
目の前のイレブンは間髪いれずにそう答えた。笑みは消え去り、残ったのは残酷なまでの冷たさだ。人の世の出来事など、ただの戯言に過ぎぬと。怠惰もあらわに言ってのけた。
そして、もう話すことなど無いと言いたげに背を向け、次の瞬間、それは壁に垂直に立っていた。
目を疑った。魔女となったC.C.ですら、このような現象にあう事など無い。それは壁に立った瞬間、姿を消した。まるで空間から消え去ったかのような、完璧な認識不可。
無駄だとは理解していても捜さずにはいられなかった。首が痛くなるほどあたりを見回して、そしてC.C.は見つけてしまった。遥か頭上、人の力で登るには道具の力を頼らなければならない屋根の上に、あのイレブンは何事も無かったように立っていたのだ。
まさかとは思った。だがそれしか考えられない。あのイレブンは、ただの歩く動作で壁を登り、しかし魔女の目に映らぬほどの速さでそこまで移動したのだ。
戦慄した。あれは何だ。人間ではない。人間でなどあるはずが無い。あれは魔女と似て非なる者。超越者。死を理解し心地よいとさえ思わせる語り部。人の世の出来事を戯言と言いきれる、遥か高みの存在。
ああ、あれはまさに……。
「私が魔女だというならば、あれはまさしく……死神だ」
「し、にがみ、だと?」
「そうだ。魔女に死神、この二人がいればもっと早くお前の望みが叶う。だからルルーシュ、あいつを、絶対に引き入れろ」
「っ………」
声が出なかった。
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本当はNicoleの力で必死こいて逃げようとしただけだったり。